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西麻布 リストランテアルポルト オーナーシェフ 1948年(昭23)9月15日生まれ。 美大を志すが受験に失敗。その時母が家政婦として勤めていた先の外交官だった方が、 イタリア総領事として赴任することが決まり「コックとして付いて来ませんか?」 と誘ってくださったのが、そもそもコックになるきっかけとなった。 「お皿の上にデザインするも同じ」と考え、一緒についていくことに決めた。 それから出発までの3ヶ月は「つきじ田村」で鍋洗いと刻みの修行。 イタリアに渡ってからも総領事付きのコックとして日々修行の毎日だった。 暇を見つけては足繁くレストランに通い、その数は数え切れないほど。 そして5年後に帰国。「小川軒」「マリーエ」を経て 1983年、西麻布に「アルポルト」が誕生。 |
青山 リストランテホンダ シェフ
1968年神奈川県出身。 東京調理師専門学校卒業後、有名店で経験を積んだ後、97年に渡仏・渡伊。 イタリアの三ツ星レストラン【アンティカ・オステリア・デル・ポンテ本店】等で修業を終え、99年に帰国。 西麻布の名店【リストランテ アルポルト(片岡護シェフ)】にて副料理長を務めた後、04年に【リストランテ ホンダ】を開店。 以後ミシュランのひとつ星を数年にわたり取得し続けている。 季節ごとの素材本来の個性である風味、香り、食感、彩を活かした料理はまさにアートである。 |
サルデーニャ料理 渋谷Tharros(タロス)オーナーシェフ 1971年生まれ。イタリア料理界で最も注目されている若手シェフの1人。 1994年に単身渡伊し、トスカーナを皮切りにサルディーニャ島などで イタリア料理を学ぶ。1999年に帰国し南青山の「ナブレ」で腕をふるい、 その後赤坂の「ラ・スコリエーラ」の初代総料理長を勤める。 そして、現在の場所で独立し、客単価7,000円にも拘らず55席が連日満席の 繁盛店となっている。 |
HATAKE AOYAMA シェフ 2009年「Restaurant I」を立ち上げ総料理長を務め、
江戸野菜を初めてフレンチに取り入れたことで注目を集める。 |
広尾エノテカクリッカ シェフ 1978年生まれ |
横濱カレーミュージアムの初代名誉館長で、 |
グリルKシェフ |
蕎麦 石はら 親方 |
神楽坂 割烹加賀 1961年、東京生まれ。 神楽坂の老舗料亭の息子として生まれ、子供の頃から一流の料理人を目指す。 「ざくろ」(しゃぶしゃぶ)、京王プラザホテル(新宿)、 「六根」(銀座、西麻布、高級おでん)などを経て「たらふく」 (銀座、西麻布)の総料理長として活躍。 現在は、実家の料亭を始め、都内和食店にて調理指導、メニュー開発に取り組んでいます。 |
ヒーリングフードのアドバイザー ワンネスフードアドバイザー 料理教室「睡蓮の庭 主宰。ナチュラルフードスタジオ講師。ライター。 ピースフードnet.つぶつぶゆみこに師事。NPO法人ガンの患者学研究所にて「ウェラー・ザン・ウェル学会」の立ち上げに参画。スコットランドのスピリチュアルエコビレッジ、フィンドホーンを訪れ、愛に満ちた有機農業に感銘を受ける。以来、自分を癒し、世界を癒す「手作りごはん」、オーガニックな雑穀・玄米・野菜と奏でる“ワンネスフード”を提案。出張セミナーやヒーリング教室へのランチボックス提供なども行っている。 |
漫画「黄金の食卓」「華麗なる食卓」作者 大阪府東大阪市出身。 小学生時代、「週刊少年ジャンプ」に出会い、以降愛読、漫画家を志すようになる。 高校時代2本の作品を描きあげ、同誌に投稿するが、かすりもせず、 高校卒業後、印刷(製版)会社に就職。 24歳初夏、再び奮起し「漆黒のレムネア」(短編集「黄金の食卓」収録)る作品を描きあげ、 「これでダメなら諦めよう。」と 背水の陣で「週刊ヤングジャンプ」に持込み。 これが月例賞にて準入選を受賞。 同年8月、「別冊ヤングジャンプ 漫革」にて同作品が初掲載。 漫画家デビューを果たす。 その後別冊にて読みきり作品を3本、 「週刊ヤングジャンプ」本誌にて短期集中連載 「黄金の食卓」(短編集「黄金の食卓」収録)を掲載後、 2001年春、世界初のカレーコミック 「華麗なる食卓(かれいなるしょくたく)」が連載スタート。 現在連載11年目に突入中。 その間、「秋葉原ダイナマイト」(原作:山本一席) フルカラーショートコミック「AGEHA DESTROY」 「オレとなのかのゆがんだ恋愛」など執筆 (いずれも単行本未収録)。「ミラクルジャンプ」にて「流刑島」連載中。 |